水野理介
岡山理科大学獣医学部教授
人類21〜22世紀、人生100年時代に向けて日本の抱える大きな課題として「超高齢社会の持続と発展」が挙げられ、産官学民オールジャパンでこの難題の克服に挑んでいます。2021年の世界保健統計によると日本人の平均寿命は世界1 位ですが、日常生活に制限のない期間としての健康寿命は平均寿命よりも10年程度短い状況であり、平均寿命と健康寿命との差が縮まらない。つまり死を迎えるまでに10年近くの間、介護が必要な状態となり、健康寿命が阻害された状況であり続けます。介護が必要になる原因は、脳卒中など生活習慣病に起因するもの、運動器疾患、認知機能低下や高齢での衰弱などに大きく分けることができます。フレイル(2014年に日本老年学会が提唱)やロコモティブシンドローム(ロコモ:2007年に日本整形外科学会が提唱)は、これらの状態に関連あるいは先行する状態として重要であることが医学的に明らかとなっています。フレイルは老化に伴い抵抗力が弱まり心身の機能が低下した状態で、ロコモは運動器の機能が低下(関節疾患・骨折・転倒・脊髄損傷など)した状態で、様々な病気の進行と相まって徐々に生活機能の低下、さらには要介護に至る大きな危険因子です。その中で、フレイルは介護が必要になった理由のほとんどの要因に関連しています。そこで、医学界は、これらの病態に対応するため診療科や職域の枠を超えた対策を行なっています。そして日本医学会連合は、2019年の日本医学会シンポジウムとして「超高齢社会における医療の取り組み、ロコモ・フレイル・サルコペニア」を開催し、2022年度「フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言」を行い、さらなるフレイル・ロコモ対策を推進しています。
昨今のペットブームや生活の多様性からペットと生活を共にするヒトが多くなってきています。特にコロナ禍という環境が、ヒトとペットとの共生に新たな問題を提起していることも理解しなければいけません。ペットの飼育頭数は、2020年イヌ(848.9万頭)・ネコ(964.4万頭)、合計飼育頭数は1813.3万頭であり日本における15歳未満子供の数1493万人より多いことが報告されています。明治〜大正期日本人平均寿命は、男女とも40歳代でしたが、令和期(2021年)では男性81.47歳・女性87.57歳とほぼ2倍に延伸しています。一方、ペットの平均寿命も延伸し2020年においてイヌ平均14.48歳、ネコ平均15.45歳となっています。一般社団法人ペットフード協会の2020年全国犬猫実態調査によれば、7歳以上を高齢とした場合、高齢化率はイヌ55.6%、ネコ44.1%であり、日本のペットにおいては、ヒトを超えた高齢化が進んでいることが推定されます。すなわち日本では、国民のみならず生活を共にするペットも超高齢化が加速しています。これは、獣医療の発展、ペットを飼育する環境や飼い主の意識の向上などがこのペットの長寿化に貢献していると考えられます。
ヒトと同じようにペットの長寿化に伴い様々な獣医療的な問題が明らかになってきました。すなわち、次のようなペットの加齢性疾患です。歯周疾患(ヒトではオーラルフレイルの重要性が提起されている)、僧帽弁閉鎖不全症(僧房弁粘液腫様変性)、慢性腎不全、白内障、甲状腺機能低下症(イヌ)、甲状腺機能亢進症(ネコ)、腫瘍、免疫低下および変形性関節症・脊椎症(ロコモ)などです。これら加齢性疾患のうち、ヒトと似たようにイヌも高齢になると、運動量の低下によってサルコペニアを発症・進行し、寝たきりへ移行し認知機能不全症候群(Cognitive Dysfunction Syndrome: CDS)を発症するようになることが知られています。しかしながら、加齢に伴うサルコペニアやCDSに対する決定的な治療方法は未だありません。ここで考慮すべき点として、サルコペニアやCDSは、罹患しているペットのみならず飼い主における精神的・心理的・身体的負担が極めて大きいことです。これは、ヒトとペットとの共生を考える上で重要な社会問題であることを認識しなければなりません。
ヒトではフレイルに対して適切な介入・支援をすることにより、健康寿命の延伸を期待できることが明らかとなってきていますが、果たしてペットにおいてフレイルは存在するかは、明らかになっていません。たしかにペットも老齢になると介護状態となり、死に至ることで寿命を全うします。従って、今日まで大多数の獣医師は、老齢ペットの診療において「もう年だから、これといった有効な治療方法は、ありません。」と説明し、飼い主に介護について指導する機会が多々でしょう。そこで、本研究会はペットにもフレイルが存在することを解明し、その予防・診断。治療方法を確立することを目指しています。本研究会では、大多数のペットと飼い主さんを支えている開業獣医師の先生方と共にサルコペニア・フレイルに立ち向かい、ヒトとペットとの健やかな共生は、人生100歳時代を支える一助となることを期待しています。
堀正敏
東京大学大学院農学生命科学研究科教授
日本獣医サルコペニア・フレイル研究会
Japanese Association ofVeterinary Sarcopenia and Frailty
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