2023/12/11 自分と犬の老後を考える 岩田惠理
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自分と犬の老後を考える
岡山理科大学獣医学部
岩田惠理

 私は現在、岡山理科大学獣医学部で動物行動学と行動治療学の講義を、付属の大学病院では行動治療科(動物の心療内科)の診療を担当しています。獣医系大学の大学病院は、人の医学部の大学院と同様に、かかりつけ医では診療に限界のある病気や、詳しい検査を必要とするペットたちがたくさん訪れます。つまり重症の動物たちがやってくるわけです。来院したペットは、MRIによる精密検査や放射線治療などの高度獣医療を受けることになるわけですが、彼らからすれば体調が悪い上に理由もわからず飼い主から引き離され、知らない場所に留め置かれ、知らない人にベタベタ触られることになり、かなり不安でつらい目にあっているように見えます。ストレスが病気の治癒の邪魔になるということは、科学的にも証明されています。いかに予防に力を入れて重症化を防ぐか、ペットの受診時のストレスをいかに減らしてゆくべきかなど、獣医療関係者が今後考えていかなくてはならないことはたくさんあります。

このように、獣医療も人の医療の後を追うように高度化・複雑化しています。その結果、飼われている動物たちの寿命も延び、ペットの高齢化問題も取りざたされるようになりました。患っている病気も腫瘍や心臓疾患など、私が学生だった頃とは大きく様変わりしました1)。今後はペットたちの病気の予防や健康の維持、高齢ペットの健康寿命の延長、介護などの、今の獣医療がカバーしきれていないサービスが必要になってくると思われます。実際、大都市圏では愛玩動物看護士によるペットの在宅看護・介護サービスや、リハビリや筋トレを必要とする犬を対象としたスポーツクラブなどが営業を始めています。

他の先生方も述べられている通り、ペットを健康で長生きするように飼育をすることは、飼育者である人にとってもメリットがあると言われています。ペットの飼育が飼い主の心の安定につながることは言うまでもなく、身体の健康にとっても良い効果があることが多くの学術論文により報告されています。特に高齢者がペットを飼うことは、心疾患などの発症率の低下や健康寿命の延長、社会的接触の増加など、高齢者自身の健康寿命の延長に寄与する事が明らかとなっています。特に犬を飼うことにより、高齢者の要介護または死亡発生リスクがなんと50%低下するとのデータもあります2)。

一方、大学のある愛媛県の状況を見ると、高齢化の進んでいる愛媛県では一人暮らしの高齢者がペットを飼育しているケースが多いのですが、日々の世話に困難を感じていたり、飼い主が入院した時などの預かり場所に困ったりなどの話をよく聞きますし、高齢者が高齢ペットの介護をする「老老介護」も増えてきています。このような状態では飼い主もペットも共倒れの危険がありますし、何より飼い主がペットを飼いきれなくなったときが心配です。令和3年に発行された「愛媛県高齢者保健福祉計画及び介護保険事業支援計画」によると、愛媛県は今後、加速度的に少子高齢化が進むと同時に生産年齢人口の減少も予想されています。愛媛県で豊かな生活を送り続けるためには、高齢者と現役世代が安心して生活することのできる生活基盤の整備が必要です。働きながらでも、高齢になっても、だれもが安心してペットを飼うことができ、健康的な生活を送るためには、まずは飼っているペット自身が元気で健康であること、そして飼い主に何かあった時のペットに対するセーフティネットが整備されていることの2つが必要だと思います。私自身も一人暮らしでもうじき13歳になる犬を飼っているのですが、自身の病気やけがで世話ができなくなってしまった場合の方策がなくて、不安を感じることがあります。特にコロナが猛威を振るっていた時は、私が感染したら犬はどうなるんだろうと、毎日びくびくしながら暮らしていました。私ももうじき還暦を迎える歳になりました。可能であれば、ずっと元気で犬と一緒に里山歩きを楽しみたいと思っています。自分と自分の犬を研究対象にして、いかに人と犬との健康寿命が伸ばせるか、そのためにはどのような仕組みが必要なのかを検証してゆきたいと思っています。

1) https://www.animal-sompo.com/merit.php
2) https://www.tmghig.jp/research/topics/202304-14828/





2023/11/19 動物看護の視点からフレイル・サルコペニア予防を考える 佐伯香織
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動物看護の視点からフレイル・サルコペニア予防を考える
佐伯香織

高齢動物のケアは難しい!!
私の心の声ですが、きっと高齢期を迎えたペットと暮らす飼い主さんも日々実感していることだと思います。あれはいや!これもいや!と性格は頑固になり、嗜好性も変化していきます。筋力や筋量の低下に伴い、排泄時に踏ん張りがきかない、フローリングで滑るなど若い頃と同じように動けず、自身でできることが少なくなり、だんだん活力は減っていきます。

ますます高齢化が進む現在、このようなペットの変化を目の当たりにする飼い主さんと動物達のモチベーションが下がらないよう、維持ないし上向きにするためのサポートが我々には求められます。さらには、獣医療の高度化や時代の流れとともに、ペットに対する考え方や飼い主さんの価値観は多様化しています。それゆえ、われわれのサポート内容も飼い主さんの意向や希望に沿うだけではなく、「その子」といった個別性の視点を重視したものがこれまで以上に必要となってきました。

動物病院に来院する高齢の動物をケアするとき、われわれは彼らが「今」できないことに着目し、どのように介入したらその問題が解決できるのか?飼い主さんにどのような援助を提案したら問題解決に向かうのか?といった「問題解決型アプローチ」の考え方でケア方法を計画し、実践することが多いのではないでしょうか。
しかし、歳をとると食事、運動、排泄など問題は多方面から自然と出てきます。だからこそ高齢期を迎える動物のケアでは、できないことに着目した問題解決型アプローチだけではなく、その子がもっているチカラ(潜在力)を十分に引き出すための視点と早期介入・支援が必要であり、飼い主さんと共に歩むこれからの人生に向けて「目標志向型アプローチ」で関わり、環境を整えることが大切であると感じます。

近年、医療の現場では「入院関連サルコペニア」という言葉が用いられるようになりました。これは加齢に伴う身体的機能低下ではなく、疾患や入院中の低活動、低栄養に関連して生じるサルコペニアと定義づけられています。獣医療現場では、まだこのような概念は浸透していません。しかし、実際には多々生じている現象であると私は考えます。
退院時「入院前より立ち上がりが少し悪くなった気がする」「筋肉が落ちた気がする」そのような言葉を飼い主さんから耳にすることはないでしょうか。
疾患に伴う過度な安静、口元へ食事や水を運ぶなどの過度な介助、立ち上がり時の不必要な介助など、思い返してみると、その子がもっているチカラを十分に引き出すよりも先に、必要以上に介助している場面を思い浮かべます。入院中のケアは、動物看護師が実施する機会が多くなります。そのため、これからはフレイルやサルコペニアの知識をしっかり持ち、予防に向けた新たな介入と飼い主支援・教育を実践する必要があります。
われわれ獣医療従事者がよかれと思って実施しているケアで、患者動物と飼い主さんが不利益を被ることは最小限にすべきです。

このような研究会が発足し、多くの方々へサルコペニアやフレイルの情報発信ができること、さらにはそれぞれの立場で情報共有ができることに喜びを感じつつ、「高齢だから多少の身体機能の低下はやむを得ないよなぁ」の考えは捨て、動物看護の視点から改めてアセスメントしてみることから始めていこうと思います。


2023/09/20 獣医療におけるがんと心臓病: Onco-cardiology(腫瘍循環器学)水野 理介
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獣医療におけるがんと心臓病: Onco-cardiology(腫瘍循環器学)
水野 理介

日本において、人(厚生労働省・令和4年人口動態統計)もペットもその死因のトップ3に腫瘍と循環器疾患が位置しています。ペットのデータは、任意団体Team HOPEの会員40病院から協力を得て調査を実施した(2020年4月1日~2021年8月31日)犬(1582頭)と猫(551頭)の合計2133頭の結果です(参考1)。ペットの報告を少し細かくみると、犬では死因1位腫瘍(18.4%)と2位循環器系(17.3%)は同様な割合のようです。人もペットも超高齢社会のフロントランナーである日本の医療・獣医療の現状を表しています。従って、日本における人とペットの健やか共生とwell-beingな超高齢社会を持続可能とするために、人もペットも循環器(心血管)疾患への対応が他国に比して必要かも知れません。事実、超高齢社会の日本では心不全パンデミック時代が到来しその対策が喫緊の課題とされています(参考2)。

さて、タイトルにある「獣医療におけるがんと心臓病: Onco-cardiology(腫瘍循環器学)」と言われてもピンとこないと思います。実際、医療でもがんと循環器は最も離れた分野と考えられていました。しかし、人の超高齢社会・長寿に伴い、がんと心臓病には医療的に重要な関連性のあることが最近指摘されています。医療ではがん治療の急速な進歩と予期せぬ心血管副作用出現に対し、がん領域と循環器領域で診療科の垣根を越え、連携して診療にあたる腫瘍循環器学(Onco-cardiology)という新たな臨床研究領域が生まれ、世界的に急速に体制整備が進められています。以下に、最近設立された一般社団法人日本腫瘍循環器学会ホームページにある小室理事長のご挨拶を紹介します(参考3)。

わが国ではがんが死因のトップですが、後期高齢者では循環器疾患による死亡者数の方が多く、がんと循環器疾患を合併する患者が増加しています。またがん治療の進歩により、がん患者の予後は大幅に改善し、緩解あるいは完治するケースも多くなってきましたが、抗がん剤の多くは心臓・血管を傷害します。従ってとくに高齢者や心血管疾患のハイリスク患者にがん治療を行った場合、高率に心不全になると考えられます。またがん患者に血栓塞栓症の多いことは昔から知られていましたが、最近の抗がん剤は血栓塞栓症を促進するため、がん患者が治療中に血栓塞栓症で亡くなるケースも多いことが指摘されています。
そこで、がん患者が十分にがん治療を受けられるように、また治療を受けたのちに循環器疾患で命を落とすことのないように、がんの専門医と循環器専門医が連携することで、がん患者の生命予後を延伸し、QOLを改善することを目標に本学会が設立されました。
今までは、がんと循環器は最も離れた分野と考えられていましたが、連携して診療、研究する重要性がクローズアップされてきたといえます。腫瘍循環器学はニーズが高く、わが国でも循環器やがんに関連する主要な学会で取り上げられるようになり、世界的にも注目を集めている領域です。今後、本学会を通じて、この領域の医療の発展と患者さんの生命予後の改善に取り組む所存です。

さらに、9月5日付のBMJ Oncologyに掲載された研究で、世界的に50歳未満のがん患者が急増しており、過去30年間で、この年齢層の新規がん患者が世界で79%増加、若年発症のがんによる死亡者数も28.5%増加したことが明らかになりました(参考4)。これら50歳未満のがん患者さんは、高齢者より長期間抗がん治療(化学療法)を受けることが予想され、Onco-cariologyの重要性が強調されると考えられます。

以上のことから、次のように感じました(文学的 w)。
1. 腫瘍の診療に力をいれている開業獣医さん達も少なく無いよな〜
2. そういえば「ペットの腫瘍の診療をやりたい」という学生達の声を頻繁に聴くな〜
3. これだけペットも超高齢化が進んでいるのに日本腫瘍循環器学会の先生達の取組みを知っている・理解している獣医っているのかな〜 獣医療でも抗がん剤と心不全の関連性ってないのかな〜
4. 人の心不全の新しい治療薬(正確には心臓保護薬)であるARNIやSGLT-2阻害薬の医療的有益性が国内学から多く報告されているな〜 でもほとんどの獣医使ってないな〜
5. 心筋って横紋筋で出来ているな〜 心不全って、もしかしたら究極のサルコペニア?
6. いわゆる犬の認知症って多くが血管性って、誰かが言ってたな〜

獣医療でも心腎連関をはじめ複合臓器連関に対する治療の重要性が認識されてきています。特に、超高齢ペットは、いろいろな疾患を併病しています。正直、私は循環器(心血管)疾患獣医療に注力し、がん診療に積極的に取り組むことはありませんでした。しかし、今日ペットのサルコペニア・フレイルに携わるものとして、循環器疾患治療からがん治療を支えることができるのではないかと考えつつあります。

参考
1. 井 上 舞、杉 浦 勝 明, 動物病院カルテデータをもとにした日本の犬と猫の寿命と死亡原因分析, 日獣会誌, 75: e128~e133, (2022).
2. 兼田浩平、 田中敦史、 野出孝一, 心不全診療のUpdate, 日本循環器病予防学会誌, 58(1): 11-21, (2023).
3. https://j-onco-cardiology.or.jp
4. Zhao J, et al. Global trends in incidence, death, burden and risk factors of early-onset cancer from 1990 to 2019. BMJ Oncology, 2: e000049, (2023).


2023/08/08 「獣医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」想いについて 樋渡敬介
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「獣医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」想いについて

御殿場インター動物病院
樋渡敬介

「ペットを飼うことは、その飼い主であるヒトにとっても良いことです」こんな言葉をかけられて、多くの人は、違和感なく受け入れると思います。しかし「なぜ?」と問いかけられると、明確に答えられる人は少ないでしょう。なぜなら、なんとなくいいと「感じている」からです。

近年、様々なモノとモノが繋がり、それがヒトに繋がり、それらの関係性が数値化されることによって、科学的に検証できるようになってきました。それに伴い、社会が課題としている様々な問題に対して、より効率的な解決法を今までとは違うアプローチから導き出す可能性が見出され、日々多くの論文が発表報告されています。

そんな中、2013年「ペットを飼うことは、その飼い主であるヒトにとっても良いことです」の「なぜ?」に一石を投じた論文が米国で発表されました。”Pet Ownership and Cardiovascular Risk” ※日本語に訳すと「ペットの飼育と心血管リスク」という題名です。発表されたのはCirculationという権威のある米国の科学雑誌で、アメリカ心臓協会の声明として発表されました。

米国でヒトの心血管疾患(CVD)は、診断や治療そして予防も普及されているにも関わらず、依然死亡原因のトップです。この現状にアメリカ心臓協会は、今までとは全く別のアプローチである、ペットを飼っている人と飼っていない人でCVDリスクに変化があるか調査した研究を発表しました。なんとなく伝えられていたペットがヒトの健康に貢献している話を、CVD対策のためにアメリカ心臓協会が本気で取り組んだ調査です。

結果、① ペットの飼育、特に犬の飼育は、おそらくCVDリスクの低下と関連すること ② ペットの飼育、特に犬の飼育は、CVDリスクの減少に何らかの因果関係がある可能性があること。この2つが報告されました。

私はこの論文に驚き、また刺激を受けました。学生時代より、様々な文献を見てきて心躍らせる論文はあったものの、心動かされた論文はこれが初めてでした。なぜなら、今までも、ペットがヒトの健康に貢献する話はありましたが、対象がペットでることから、十分なサイエンスとして扱われることが少なく、しかも権威のある医学雑誌などでは到底扱ってもらえるような科学的内容ではなかったからです。そして、この論文以降ヒト医学において、科学的に「ペットとヒトの健康への関係性」を論じた論文は飛躍的に増加しました。どうやらこの論文に驚き、刺激を受けたのは私だけでなかったようです。そして、沸々とその想いを志していた研究者が世界に多数いたことも証明されました。

論文により、心動かされた私は、気がつけば、翌年2014年「動物医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」を研究の柱の一つにした、JVMRC(Japan Veterinary Microcirculation Research Center)を大学の先輩でもあり、ヒト医学と科学に精通している水野先生と、静岡で開業している土井先生とで発足させました。そこで最初に取り組んだのは、高齢で足腰の力が弱くなり歩行に困難が伴うようになったイヌやネコに、微小循環の改善を目的とした、ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)を適応して、歩行が改善することを確かめることでした。その結果、予想していた以上の症状改善の治療成績が認められたため、学会で報告しました。学会報告時には、ヒトの高齢者の課題とされ始めていたサルコペニア・フレイルを、ペットであるイヌネコにも反映させていることにも触れました。

そして、昨年2022年、日本獣医サルコペニア・フレイル研究会を発足させ、よりテーマを特定し、様々な分野で活躍されている獣医師・愛玩動物看護師にも加わっていただいたことにより、「動物医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」とういう目的に向かって確実に前進していることを実感しています。また、テーマに関する課題解決が具体的に実行されていくことによって、共通した認識を持つ臨床獣医師の先生方をはじめ、基礎医学・公衆衛生学、そしてのペット関連の仕事をされている方々の多くと交流をさせていただく機会が多くなりました。その結果、今度は動物医療に関して、今までは気が付かなかった、見過ごしていた多くのことをフィードバックされることによって、更に多面的に動物医療と深く関わるきっかけを与えていただいて感謝している今日この頃です。

最後に、日本の動物医療が、多くの先進的な様々な医療への取り組みはもちろん、一方で社会的な背景を考慮した視点からの、日本独自の取り組みによって、世界に誇れるペットとヒトの共生社会が実現されることを願っています。

※ Levine, G.N.; Allen, K.; Braun, L.T.; Christian, H.E.; Friedmann, E.; Taubert, K.A.; Thomas, S.A.; Wells, D.L.; Lange, R.A. Pet ownership and cardiovascular risk: A scientific statement from the American Heart Association. Circulation 2013, 127, 2353–2363.


2023/07/03 [会員コラム] 炎症はフレイルのカギを握るか? 木村展之
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                 炎症はフレイルのカギを握るか?

  認知症関連のシンポジウム企画を任されたこともあり、6月12〜14日に横浜で開催された第12回IAGGアジア/オセアニア国際老年学会議(IAGG-Asia Oceania Regional Congress2023; IAGG2023)に参加してまいりました。老年医学領域の研究者(主に医師)が集う学会ですので、メカニズム解明を目的とする基礎研究よりも、ヒトを対象とする疫学研究の発表が主流ですが、いくつか面白い発表がありましたので紹介したいと思います。

まず、以前から指摘されているサルコペニアと炎症性サイトカインとの関係についての発表が数多く行われていたのが印象的でした。ただ、必ずしも全ての炎症性サイトカインがフレイルの発生と相関性があるわけではなく、中には相関性が認められなかった因子も存在するため、炎症がフレイルの原因なのか結果なのかという議論は今後も続きそうな気がします。この問題はやはり、前向きの追跡調査研究で白黒つけるしかないのではないかと感じました。

一方、高齢者の血中で高い濃度を示すことが知られているgrowth differentiation factor 15 (GDF15)について面白い発表がありました。GDF15はミトコンドリアに機能障害が生じると細胞から大量に分泌されるため、ミトコンドリア病の診断マーカーにもなっているのですが、GDF15の血中濃度は骨格筋の筋力と相関性があり(GDF15濃度が高い=筋力が低下している方が多い)、身体性フレイルであるサルコペニアとの関係性が強く示唆されました。直接的なデータが示されていたわけではありませんが、GDF15がミトコンドリア機能障害によって細胞外へ分泌される因子であることから、老化に伴う慢性炎症が骨格筋の細胞傷害を引き起こしているのではないかという考察でまとめられていました。

ヒトも伴侶動物も高齢になると腎不全罹患者が増加しますが、過活動膀胱とフレイルとの関係についても面白い結果が示されていました。過活動膀胱は頻尿の原因となり、夜間に目が覚める=睡眠の質を著しく低下させる疾患ですが、過活動膀胱罹患者と健常高齢者を比較した結果、フレイルの発生率がオッズ比2.78という高い値を示すことが明らかとなりました。  ただ、過活動膀胱の発症要因として高血圧(27.4%)、高脂血症(25.7%)、肝および消化管疾患(32.8%)、糖尿病(32.1%)といった様々な代謝性疾患が挙げられていましたので、要はこれらの生活習慣病が回りまわってフレイルを引き起こす原因となると考えられます。   とりわけ、糖尿病(おそらくⅡ型がほとんど)は全身性に慢性炎症を引き起こすことがげっ歯類でも確認されていますので、やはりフレイルの背景に炎症が存在することは間違いないのかなという印象を受けました。

その他、個人的に目を引いたのは、フレイル判定を受けた高齢者と健常高齢者を追跡調査した結果、要介護状態(寝たきり状態)になった発生率に変化はなかったものの、要介護状態になってからお亡くなりになるまでの期間がフレイル判定者で有意に短いというデータでした。つまり、フレイルは必ずしも要介護状態に直結するわけではないが、一度要介護状態になったら加速度的に生体機能が低下すると言えます。これは今後、伴侶動物においても追跡調査が必要になってくるのではないかと考えます。(文責:木村展之)




2023/06/07 [会員コラム] 人とペットの自然なくらしをささえたい。 土井公明
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人とペットの自然なくらしをささえたい。         土井公明

どいペットクリニック2023年5月22日(月)午前中の診察レポート

14歳4ヶ月齢 チワワ 避妊メス。狂犬病予防接種にて来院、2ヶ月ほど前から急に足腰が弱り段差を登れなくなった。BW4.54kg(3ヶ月前から320g減) 、踏み直り反射両後肢遅延、全身性筋肉量減少、歩行できるが後肢のスピードが極めて遅い、疼痛なし、腹部触診では腫れや異物感なし、聴診正常、粘膜色正常。顔相や行動含め急に老け込んだ。3ヶ月前の混合ワクチンの診察にて、「この子はいつまで経っても若々しいね」といっていた矢先の変化。
年齢的には内臓疾患の疑いもあるので血液検査してみる?それとも、とりあえず、こういう症状(サルコペニア・フレイル)に効く薬使ってみる?とテルミサルタンのインフォームドコンセントしながら飼い主に問う。回答は後者。セミントラ®️0.5mg/kg SID POで1ヶ月分処方。投薬の反応見て検査を予定することに。いい反応が得られればこのまま投薬だけで余生を看ることになるかもしれない。
疾患の確定をしてからの投薬がセオリーではあるけれども、臨床症状や飼い主さんとのやり取りの中で治療方針を決めていく診療も高齢動物の治療の選択肢にはありだと思う。
あ、今度今治でARBの発表するんだった。投薬前動画撮ればよかった。まぁ、いいか。

次の患者さんも狂犬病予防接種で来院。卒後30年来の付き合いになる女性の飼い主さんで、犬は3頭目で安定の8歳。仕事柄細身の人だが、土色で血色が良くない上にさらに痩身になっている。こちらから遠慮なく「顔色良くないじゃん、調子悪いの?」と言葉がけする。
すると、母親がヨーグルトに味噌をかけるほど認知症が進んでいること、またなんでも与えるので犬が太らないように注意してフードを減らしていること。
そんな日常の中で自身が重い病気になり現在も治療中であること、仕事は翌々月にイベントがあり休めないこと、自分が急に入院した場合に母親は施設などなんとかなるが犬の目処が立たないこと、考えたり相談することが多いのに体力的時間的にできず困り果てていることなど、出るわ出るわ抱える不安が口をついて出てきた。
こちらは聞きながら狂犬病予防接種を終える。ここから開業獣医師としての私の仕事の本分が始まる。母親の相談については市役所の健康福祉課を勧め、仕事は頼める知人にお願いしよう、困った時の犬の処遇についてはうちが面倒をみるし費用も心配しなくても大丈夫、認知症のお母さんは犬との生活が安定の鍵になっているから親族宅に一緒に行く方が症状の悪化が防げるかもしれない、隣県なら連れていくのはできるから何かあれば連絡して、などなど。一つひとつ解決の道筋を考えて、まずは飼い主さん自身が治療に専念できるようにしようよ、というところまで話をしていくと随分と気が楽になった顔になり、診察室を出る段になりやっと笑みがもれた。

飼い主さんのフレイルが飼育動物のフレイルにつながる。それぞれの飼い主さんと会い、話して、共に考えて、動物を未病に導く。この作業はPricelessである。そして、間違いなく臨床獣医師のすべき仕事である。きっと先達の臨床獣医師も当たり前にこの作業をしていただろうし、今後も変わらないであろう。
M先生曰く、当たり前のことを新しい視座で物事を考えることが学問の進歩(真に独創的な頭)だと。確かに、でも難しいねぇ。明日からも目の前に起こる一つひとつに向き合って頑張ろう。


2023/04/12 7月開催 日本ペット栄養学会にて、公開講座が行われます
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7月23日(日)開催される、日本ペット栄養学会第24回年次大会にて、水野会長による市民公開講座が行われます。

演題名は、「人とペットとの健やかな共生社会を目指して」です。高齢ペットのウェルビーイングな暮らしを支えるため、ペットの高齢化に伴うサルコペニア・フレイルの実態と対処について講演します。

詳細は、大会HP(https://www.jspan.net/taikai/index.html)を参照ください。


2023/04/12 研究活動の一部が獣医雑誌に掲載されました
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当研究会の活動の一部が小動物臨床総合誌MVM(2023年/1月号、緒言 ペットの超高齢化)に掲載されています。https://www.pharm-p.com/mvm/mvm_no208.html


2023/04/11 ホームページを開設しました
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日本獣医サルコペニア・フレイル研究会では、このたび、ホームページを開設しました