2023/08/08 「獣医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」想いについて 樋渡敬介
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「獣医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」想いについて

御殿場インター動物病院
樋渡敬介

「ペットを飼うことは、その飼い主であるヒトにとっても良いことです」こんな言葉をかけられて、多くの人は、違和感なく受け入れると思います。しかし「なぜ?」と問いかけられると、明確に答えられる人は少ないでしょう。なぜなら、なんとなくいいと「感じている」からです。

近年、様々なモノとモノが繋がり、それがヒトに繋がり、それらの関係性が数値化されることによって、科学的に検証できるようになってきました。それに伴い、社会が課題としている様々な問題に対して、より効率的な解決法を今までとは違うアプローチから導き出す可能性が見出され、日々多くの論文が発表報告されています。

そんな中、2013年「ペットを飼うことは、その飼い主であるヒトにとっても良いことです」の「なぜ?」に一石を投じた論文が米国で発表されました。”Pet Ownership and Cardiovascular Risk” ※日本語に訳すと「ペットの飼育と心血管リスク」という題名です。発表されたのはCirculationという権威のある米国の科学雑誌で、アメリカ心臓協会の声明として発表されました。

米国でヒトの心血管疾患(CVD)は、診断や治療そして予防も普及されているにも関わらず、依然死亡原因のトップです。この現状にアメリカ心臓協会は、今までとは全く別のアプローチである、ペットを飼っている人と飼っていない人でCVDリスクに変化があるか調査した研究を発表しました。なんとなく伝えられていたペットがヒトの健康に貢献している話を、CVD対策のためにアメリカ心臓協会が本気で取り組んだ調査です。

結果、① ペットの飼育、特に犬の飼育は、おそらくCVDリスクの低下と関連すること ② ペットの飼育、特に犬の飼育は、CVDリスクの減少に何らかの因果関係がある可能性があること。この2つが報告されました。

私はこの論文に驚き、また刺激を受けました。学生時代より、様々な文献を見てきて心躍らせる論文はあったものの、心動かされた論文はこれが初めてでした。なぜなら、今までも、ペットがヒトの健康に貢献する話はありましたが、対象がペットでることから、十分なサイエンスとして扱われることが少なく、しかも権威のある医学雑誌などでは到底扱ってもらえるような科学的内容ではなかったからです。そして、この論文以降ヒト医学において、科学的に「ペットとヒトの健康への関係性」を論じた論文は飛躍的に増加しました。どうやらこの論文に驚き、刺激を受けたのは私だけでなかったようです。そして、沸々とその想いを志していた研究者が世界に多数いたことも証明されました。

論文により、心動かされた私は、気がつけば、翌年2014年「動物医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」を研究の柱の一つにした、JVMRC(Japan Veterinary Microcirculation Research Center)を大学の先輩でもあり、ヒト医学と科学に精通している水野先生と、静岡で開業している土井先生とで発足させました。そこで最初に取り組んだのは、高齢で足腰の力が弱くなり歩行に困難が伴うようになったイヌやネコに、微小循環の改善を目的とした、ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)を適応して、歩行が改善することを確かめることでした。その結果、予想していた以上の症状改善の治療成績が認められたため、学会で報告しました。学会報告時には、ヒトの高齢者の課題とされ始めていたサルコペニア・フレイルを、ペットであるイヌネコにも反映させていることにも触れました。

そして、昨年2022年、日本獣医サルコペニア・フレイル研究会を発足させ、よりテーマを特定し、様々な分野で活躍されている獣医師・愛玩動物看護師にも加わっていただいたことにより、「動物医療を通じて、ヒトの健康に貢献する」とういう目的に向かって確実に前進していることを実感しています。また、テーマに関する課題解決が具体的に実行されていくことによって、共通した認識を持つ臨床獣医師の先生方をはじめ、基礎医学・公衆衛生学、そしてのペット関連の仕事をされている方々の多くと交流をさせていただく機会が多くなりました。その結果、今度は動物医療に関して、今までは気が付かなかった、見過ごしていた多くのことをフィードバックされることによって、更に多面的に動物医療と深く関わるきっかけを与えていただいて感謝している今日この頃です。

最後に、日本の動物医療が、多くの先進的な様々な医療への取り組みはもちろん、一方で社会的な背景を考慮した視点からの、日本独自の取り組みによって、世界に誇れるペットとヒトの共生社会が実現されることを願っています。

※ Levine, G.N.; Allen, K.; Braun, L.T.; Christian, H.E.; Friedmann, E.; Taubert, K.A.; Thomas, S.A.; Wells, D.L.; Lange, R.A. Pet ownership and cardiovascular risk: A scientific statement from the American Heart Association. Circulation 2013, 127, 2353–2363.