2023/12/11 自分と犬の老後を考える 岩田惠理
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自分と犬の老後を考える
岡山理科大学獣医学部
岩田惠理

 私は現在、岡山理科大学獣医学部で動物行動学と行動治療学の講義を、付属の大学病院では行動治療科(動物の心療内科)の診療を担当しています。獣医系大学の大学病院は、人の医学部の大学院と同様に、かかりつけ医では診療に限界のある病気や、詳しい検査を必要とするペットたちがたくさん訪れます。つまり重症の動物たちがやってくるわけです。来院したペットは、MRIによる精密検査や放射線治療などの高度獣医療を受けることになるわけですが、彼らからすれば体調が悪い上に理由もわからず飼い主から引き離され、知らない場所に留め置かれ、知らない人にベタベタ触られることになり、かなり不安でつらい目にあっているように見えます。ストレスが病気の治癒の邪魔になるということは、科学的にも証明されています。いかに予防に力を入れて重症化を防ぐか、ペットの受診時のストレスをいかに減らしてゆくべきかなど、獣医療関係者が今後考えていかなくてはならないことはたくさんあります。

このように、獣医療も人の医療の後を追うように高度化・複雑化しています。その結果、飼われている動物たちの寿命も延び、ペットの高齢化問題も取りざたされるようになりました。患っている病気も腫瘍や心臓疾患など、私が学生だった頃とは大きく様変わりしました1)。今後はペットたちの病気の予防や健康の維持、高齢ペットの健康寿命の延長、介護などの、今の獣医療がカバーしきれていないサービスが必要になってくると思われます。実際、大都市圏では愛玩動物看護士によるペットの在宅看護・介護サービスや、リハビリや筋トレを必要とする犬を対象としたスポーツクラブなどが営業を始めています。

他の先生方も述べられている通り、ペットを健康で長生きするように飼育をすることは、飼育者である人にとってもメリットがあると言われています。ペットの飼育が飼い主の心の安定につながることは言うまでもなく、身体の健康にとっても良い効果があることが多くの学術論文により報告されています。特に高齢者がペットを飼うことは、心疾患などの発症率の低下や健康寿命の延長、社会的接触の増加など、高齢者自身の健康寿命の延長に寄与する事が明らかとなっています。特に犬を飼うことにより、高齢者の要介護または死亡発生リスクがなんと50%低下するとのデータもあります2)。

一方、大学のある愛媛県の状況を見ると、高齢化の進んでいる愛媛県では一人暮らしの高齢者がペットを飼育しているケースが多いのですが、日々の世話に困難を感じていたり、飼い主が入院した時などの預かり場所に困ったりなどの話をよく聞きますし、高齢者が高齢ペットの介護をする「老老介護」も増えてきています。このような状態では飼い主もペットも共倒れの危険がありますし、何より飼い主がペットを飼いきれなくなったときが心配です。令和3年に発行された「愛媛県高齢者保健福祉計画及び介護保険事業支援計画」によると、愛媛県は今後、加速度的に少子高齢化が進むと同時に生産年齢人口の減少も予想されています。愛媛県で豊かな生活を送り続けるためには、高齢者と現役世代が安心して生活することのできる生活基盤の整備が必要です。働きながらでも、高齢になっても、だれもが安心してペットを飼うことができ、健康的な生活を送るためには、まずは飼っているペット自身が元気で健康であること、そして飼い主に何かあった時のペットに対するセーフティネットが整備されていることの2つが必要だと思います。私自身も一人暮らしでもうじき13歳になる犬を飼っているのですが、自身の病気やけがで世話ができなくなってしまった場合の方策がなくて、不安を感じることがあります。特にコロナが猛威を振るっていた時は、私が感染したら犬はどうなるんだろうと、毎日びくびくしながら暮らしていました。私ももうじき還暦を迎える歳になりました。可能であれば、ずっと元気で犬と一緒に里山歩きを楽しみたいと思っています。自分と自分の犬を研究対象にして、いかに人と犬との健康寿命が伸ばせるか、そのためにはどのような仕組みが必要なのかを検証してゆきたいと思っています。

1) https://www.animal-sompo.com/merit.php
2) https://www.tmghig.jp/research/topics/202304-14828/