2023/09/20 獣医療におけるがんと心臓病: Onco-cardiology(腫瘍循環器学)水野 理介
8

獣医療におけるがんと心臓病: Onco-cardiology(腫瘍循環器学)
水野 理介

日本において、人(厚生労働省・令和4年人口動態統計)もペットもその死因のトップ3に腫瘍と循環器疾患が位置しています。ペットのデータは、任意団体Team HOPEの会員40病院から協力を得て調査を実施した(2020年4月1日~2021年8月31日)犬(1582頭)と猫(551頭)の合計2133頭の結果です(参考1)。ペットの報告を少し細かくみると、犬では死因1位腫瘍(18.4%)と2位循環器系(17.3%)は同様な割合のようです。人もペットも超高齢社会のフロントランナーである日本の医療・獣医療の現状を表しています。従って、日本における人とペットの健やか共生とwell-beingな超高齢社会を持続可能とするために、人もペットも循環器(心血管)疾患への対応が他国に比して必要かも知れません。事実、超高齢社会の日本では心不全パンデミック時代が到来しその対策が喫緊の課題とされています(参考2)。

さて、タイトルにある「獣医療におけるがんと心臓病: Onco-cardiology(腫瘍循環器学)」と言われてもピンとこないと思います。実際、医療でもがんと循環器は最も離れた分野と考えられていました。しかし、人の超高齢社会・長寿に伴い、がんと心臓病には医療的に重要な関連性のあることが最近指摘されています。医療ではがん治療の急速な進歩と予期せぬ心血管副作用出現に対し、がん領域と循環器領域で診療科の垣根を越え、連携して診療にあたる腫瘍循環器学(Onco-cardiology)という新たな臨床研究領域が生まれ、世界的に急速に体制整備が進められています。以下に、最近設立された一般社団法人日本腫瘍循環器学会ホームページにある小室理事長のご挨拶を紹介します(参考3)。

わが国ではがんが死因のトップですが、後期高齢者では循環器疾患による死亡者数の方が多く、がんと循環器疾患を合併する患者が増加しています。またがん治療の進歩により、がん患者の予後は大幅に改善し、緩解あるいは完治するケースも多くなってきましたが、抗がん剤の多くは心臓・血管を傷害します。従ってとくに高齢者や心血管疾患のハイリスク患者にがん治療を行った場合、高率に心不全になると考えられます。またがん患者に血栓塞栓症の多いことは昔から知られていましたが、最近の抗がん剤は血栓塞栓症を促進するため、がん患者が治療中に血栓塞栓症で亡くなるケースも多いことが指摘されています。
そこで、がん患者が十分にがん治療を受けられるように、また治療を受けたのちに循環器疾患で命を落とすことのないように、がんの専門医と循環器専門医が連携することで、がん患者の生命予後を延伸し、QOLを改善することを目標に本学会が設立されました。
今までは、がんと循環器は最も離れた分野と考えられていましたが、連携して診療、研究する重要性がクローズアップされてきたといえます。腫瘍循環器学はニーズが高く、わが国でも循環器やがんに関連する主要な学会で取り上げられるようになり、世界的にも注目を集めている領域です。今後、本学会を通じて、この領域の医療の発展と患者さんの生命予後の改善に取り組む所存です。

さらに、9月5日付のBMJ Oncologyに掲載された研究で、世界的に50歳未満のがん患者が急増しており、過去30年間で、この年齢層の新規がん患者が世界で79%増加、若年発症のがんによる死亡者数も28.5%増加したことが明らかになりました(参考4)。これら50歳未満のがん患者さんは、高齢者より長期間抗がん治療(化学療法)を受けることが予想され、Onco-cariologyの重要性が強調されると考えられます。

以上のことから、次のように感じました(文学的 w)。
1. 腫瘍の診療に力をいれている開業獣医さん達も少なく無いよな〜
2. そういえば「ペットの腫瘍の診療をやりたい」という学生達の声を頻繁に聴くな〜
3. これだけペットも超高齢化が進んでいるのに日本腫瘍循環器学会の先生達の取組みを知っている・理解している獣医っているのかな〜 獣医療でも抗がん剤と心不全の関連性ってないのかな〜
4. 人の心不全の新しい治療薬(正確には心臓保護薬)であるARNIやSGLT-2阻害薬の医療的有益性が国内学から多く報告されているな〜 でもほとんどの獣医使ってないな〜
5. 心筋って横紋筋で出来ているな〜 心不全って、もしかしたら究極のサルコペニア?
6. いわゆる犬の認知症って多くが血管性って、誰かが言ってたな〜

獣医療でも心腎連関をはじめ複合臓器連関に対する治療の重要性が認識されてきています。特に、超高齢ペットは、いろいろな疾患を併病しています。正直、私は循環器(心血管)疾患獣医療に注力し、がん診療に積極的に取り組むことはありませんでした。しかし、今日ペットのサルコペニア・フレイルに携わるものとして、循環器疾患治療からがん治療を支えることができるのではないかと考えつつあります。

参考
1. 井 上 舞、杉 浦 勝 明, 動物病院カルテデータをもとにした日本の犬と猫の寿命と死亡原因分析, 日獣会誌, 75: e128~e133, (2022).
2. 兼田浩平、 田中敦史、 野出孝一, 心不全診療のUpdate, 日本循環器病予防学会誌, 58(1): 11-21, (2023).
3. https://j-onco-cardiology.or.jp
4. Zhao J, et al. Global trends in incidence, death, burden and risk factors of early-onset cancer from 1990 to 2019. BMJ Oncology, 2: e000049, (2023).