2024/01/28
全ての人が動物を好きになれる日を 堀正敏
全ての人が動物を好きになれる日を
東京大学 大学院農学生命科学研究科 獣医薬理学研究室
教授 堀 正敏
<はじめに>
2024 年は、元旦から能登半島地震が発生し、その支援物資を輸送する海上保安庁機と民間機が羽田空港で接触、、、、天災と人災が続き重苦しい 1 年の幕開けとなりました。北陸の厳冬期に加えて、地理的に細い独特の形状を示す能登半島、地盤隆起や地盤沈下による漁港の消失など、予期せぬ事象が重なり復旧作業もなかなかはかどっていません。関係者の方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、まずは一日でも早くインフラの復旧を願うばかりです。
<JVMRC (Japan Veterinary Microcirculation Research Center)>
2014 年、水野理介教授(岡山理科大学)を中心に JVMRC (Japan Veterinary Microcirculation Research Center)が発足した。医学部畑で突っ張ってきた水野氏を、東大の医学部第 4 内科の特任助教に引っ張り、水野氏にはいずれ獣医学の世界に戻るべしと、獣医学会の薬理毒性分科会で招待講演者として招いたりもした。 PC をあさっていたらそのときの古い写真が出てきた。いい思い出だ (写真1) 。 その後短期間に様々なアクシデントを経て、2014 当時の水野氏は私の研究室の特任准教授として『緊急避難』していた。しかし、それが私にとっては小さな変革期となった。私自身は 2000 年前後を境に循環器の研究からそれをベースに消化器に研究領域をシフトしていた。しかし、ここで水野氏の microcirculation を主体とする研究者としてのイデオロギーに触れ、大いに刺激された。そしてそれに同調するように私も JVMRC の名誉会員 (?)として加わることになった。 樋渡氏や土井氏と知り合えたのもこの頃だろう。 正常な微小循環機能の維持はあらゆる臓器の恒常性維持に必須であり、これは異種臓器となってしまう腫瘍においても同様である。JVMRC は、ペットたちのあらゆる疾患において微小循環機能という観点から病態をみつめ、 あらたな治療法を開拓していくことを一つの大きな目標としている。
<日本獣医サルコペニア・フレイル研究会の発足へ>
JVMRC の活動は少数精鋭でしっかりと実績を重ねて行った。 時には学会で根拠もない批判を受けることはあったが、 実際に臨床の現場でペットたちに良好な治療効果が得られ、 飼い主も感謝する結果を得ていたことが、JVMRC メンバーにとってはゆるぎない活力となっていた。 医学の世界で長らく研鑚を積んでいた水野氏は、 医学や厚労省での様々な情報にも敏感である。 世界一の超高齢化社会である我が国において、 厚労省がサルコペニア・フレイルに着眼して日本の高齢者医療に挑む姿勢をいち早く打ち出した際、獣医療も斯くあるべし、といち早く提唱した。 そしてこのサルコペニア・フレイルの重症度や進行度には、 まさに微小循環機能が重要な位置を占めていることが判ってきている。 現在ではフレイルは『健康な状態と要介護状態の中間の段階』 とされ、 身体的フレイル(運動器障害による移動機能低下;ロコモティブシンドローム、筋肉の衰え;サルコペニアなど)、精神・心理的フレイル(退職や知人や肉親との死別など個人を取り巻く環境変動から生じる軽度のうつ状態や認知症的状態)、社会的フレイル(高齢による社会とのつながりの希薄化・孤立によって生じる独居や経済的困窮の状態) に分類されている。そしてこのような状況は、 ペットにおいても全く同じであり、 類似した様々な問題を抱えている。 しかも、 ペットとヒトのフレイルも相互に連関していることが判りつつある。これを『科学』し、ペットとヒトの両者のサルコペニア・フレイルの予防や診断、治療に役立てようという目的で、2022 年日本獣医サルコペニア・フレイル研究会の発足に至った。2023 年 1 月号の mVm (Journal of Modern Veterinary Medicine)では『犬猫における筋疾患の現状と課題』 という特集号に緒言として問題提起し、獣医関係者へのペットのサルコペニア・フレイル研究の重要性を提示することができたのは大きな収穫であろう。
<動物が好きな人、嫌いな人>
世の中には 『動物の好きな人』と 『動物の嫌いな人』がいる。比率は6対4くらいで好きな人の比率が高いようだが、 近年になり One Health という概念が提唱され、『ヒトと動物、それを取り巻く環境(生態系) は、相互につながっていると包括的に捉え、人と動物の健康と環境の保全を担う関係者が緊密な協力関係を構築し、分野横断的な課題の解決のために活動していこうという考え方』が世界的に定着しつつある。特に狂犬病や COVID-19 など人獣共通感染症(Zoonosis)対策や薬剤耐性菌(AMR)対策においてはこの One Health ・アプローチが必要であるとし、 厚労省・農水省・環境省が省庁間の垣根を越えて対策に取り組んでいる。 『動物の嫌いな人』もこの概念には賛同するだろう。なぜなら、自分(ヒト)に関係している、からである。では、ペットの病気を治すことの重要性を訴えたときに、 『動物の嫌いな人』 はその訴えに賛同してくれるだろうか?恐らく、まずは賛同してくれないだろう。 その理由は、 ペットの病気を治すこと、あるいはペットが心地よくその生涯を暮らせるような研究を推進することが、 ヒトの健康に関係する、あるいはヒトの健康維持の追及に貢献するとは思っていないからだ。 日本獣医サルコペニア・フレイル研究会はこの点にも着目して活動を展開していくべきだろう。 ペットたちが健やかに心穏やかに生涯を暮らすことができること(一生涯肉体的・精神的・社会的に満たされた状態を維持すること)を実現するための一つの引き出しがサルコペニア・フレイルに関する研究であり、それが間接的、時に直接的に人のウエルビーイングにも有益であることを、常に科学的エビデンスとして社会に伝えていく姿勢である。 『動物の嫌いな人』にこそ知ってもらうのだ。そうすれば、世界のあらゆる人が『動物が好きな人』 になるかもしれない。 少なくとも動物のことをもっと理解しなくてはいけない、と感じてくれるようになるのではないだろうか。
<おわりに>
2022 年に発足した日本獣医サルコペニア・フレイル研究会は 2023 年 1 年間で確実にその活動を活性化することができたと感じている (写真2) 。2024 年は個々のメンバーがさらに活動を活性化させるとともに、 新しい仲間を増やすべき 1 年であると考えており、 微力ではあるが尽力していきたい。 最後に一つ皆さんに報告したいうれしいことがある。会員の樋渡敬介氏が『予防獣医療への実装を目的とした非侵襲的診断装置の検証』 という研究課題名で日本獣医生命科学大学にて博士(獣医学)の学位を取得された。JVMRC での研究内容を中心にまとめた学位論文である。予防獣医療はまさに動物たちのウエルビーイングに必須であり、これからの一次診療のひとつの在り方であることを科学的に示した素晴らしい学位論文である。今後の樋渡氏の更なる本研究会での活躍に期待したい。
東京大学 大学院農学生命科学研究科
教授 堀 正敏
上:(写真1) 2012年春、大宮で開かれた日本獣医学会に水野氏をシンポジストとして招聘
下:(写真2) 2023.7.15 第1回日本獣医サルコペニア・フレイル研究会(岡山理科大・今治にて)